岐阜県災異誌:西暦1700〜1799年のデータ

西暦 月日 年号年月日 種目 記事 引用文献
1700 7.1 元禄13.5.15 水害 大雨続き、木曽川通り海西郡駒ヶ江村破堤入水、加茂郡白川筋も亦出水被害あり。 往昔三川出水
1700 10.25〜26 元禄13.9.14〜15 水害 根尾川大洪水。 本巣郡志
1700 元禄13 疫病 冬より夏まで疱瘡流行。 濃飛両国通史
1701 7.2 元禄14.6.15 雹害 美濃国雹降り人を傷つく。 十三朝紀聞
1701 9.14 元禄14.8.12 水害 長良川出水。保戸島村被害多し。 山県郡志
1701 9.19 元禄14.8.17 水害 8月12日大雨。17日より18日迄風雨激しく17日より大水出る。木曽川通り加茂郡取組村家屋の流失23戸、下流羽栗郡、中島郡所々破堤。また揖斐川通り揖斐郡小島村溝尻より野中まで400間破堤、下流安八郡大島村堤切れ、大垣町に入水。この洪水で大垣領229ヶ村入水、堤防切れ173ヶ所、3,878間、流れ家、壊家合わせて753戸、死者3人あり。この他藪川通り大野郡浅木村で耕地川欠けあり。また、逆川沿い羽島郡島村、牧田川、津屋川、金草川沿の地破堤せり。 往昔三川出水  大垣市史
1702 7.4 元禄15.6.10 水害 宮川及び大八賀川洪水。被害多し。 大野郡史
1702 7.12 元禄15.6.18 水害 木曽川通り加茂郡取組村辺沿岸の地入水。 往昔三川出水
1702 9.1 元禄15.8.19 風害 飛騨大風あり。晩稲に被害少ならず。 飛騨編年史要
1702 元禄15.秋 風害 飛騨大風あり。千貫橋の台木を吹き折る。 飛騨編年史要
1702 元禄15 暖冬 飛騨雪降らず。 飛騨編年史要
1703 11.3 元禄16.10.22 地震 飛騨地方大地震あり。翌日尚止まず。 飛騨編年史要
1703 元禄16 水害 木曽川通り中島郡八神村前野堤70間破壊。 往昔三川出水
1703 元禄16 冷夏 飛騨寒冷。夏九十九夜後結霜。桑害、蚕半作。 飛騨編年史要
1705 宝永2 水害 津屋川出水。駒野新田にて破堤。 寺倉文書
1706 7.17 宝永3.6.8 水害 縄代川大出水。本巣郡西秋沢にて堤防数ヶ所決壊、被害甚し。また、伊自良川大水、人家が流れ、耕地が荒れた。 往昔三川出水
1707 9.14〜15 宝永4.8.19〜20 風害 飛騨大風あり。稲作に被害多し。本巣郡大風、家屋倒壊多し。20日再度大風。 飛騨編年史要  本巣郡志
1707 10.23 宝永4.10.4 震災 五畿、南海道、三河、遠江より駿河、伊豆、美濃、播磨、日向等大地震。M8.4 神社、仏閣、城郭、民家の転破するもの無数。美濃国にては、垣破損6,900余間、潰家400軒、破損家473軒あり。 大日本地震史料
1707 12.16 宝永4.11.23 火山 宝永山噴出す。 続皇年代略記
1708 宝永5 水害 揖斐川出水。安八郡前田村堤切れ、大垣輪中入水、牧田川も出水、多芸郡高田西喰違及び島田村千紙木で破堤。 吹原文書    往昔三川出水
1710 10.22〜11.20 宝永7.9 水害 木曽川出水。加茂郡細目村に繋留中の御神木が大半流れた。 帝王年代記
1711 1.11 宝永7.11.23 降雹 雷、降雹。苗木辺迅雷、雹を降らす。重さ1匁23分。 塩尻
1711 10.8 正徳1.8.26 地震 美濃、稲葉山鳴動す。 塩尻
1713 8.28 正徳3.7.8 水害 木曽川通り羽栗郡を初め沿河の村々所々堤塘破壊、家屋流失、人畜の死亡多し。また、下石津郡福江村及び津屋川沿い徳田新田にて破堤。 往昔三川出水
1714 8.26 正徳4.7.17 水害 宮川洪水。 大野郡史
1714 9.16 正徳4.8.8 風水害 暴風雨のため、美濃の諸川氾濫して流木700,000本に及び、神戸、鳥ヶ池、甚兵衛、伝馬等の新田、堤防破壊して水災を蒙る。 名古屋市史
1714 9.9〜10.8 正徳4.8 風害 某日、飛騨大風あり。 飛騨編年史要
1714 9.3 正徳4.8.22 水害 木曽川通り下石津郡福江村、津屋川沿い同郡駒野新田の堤破る。 往昔三川出水
1715 2.1 正徳4.12.27   震災 大垣城の石垣所々崩壊。 大垣市史
1715 6.18 正徳5.5.17 水害 津屋川大水。多芸郡駒野新田にて破堤。また、諸川出水、高須輪中の被害多し。 美濃気候編   名古屋市史
1715 8.15 正徳5.7.17 水害 飛騨洪水。 飛騨編年史要
1716 8.15 享保1.6.28 水害 揖斐川洪水。大垣輪中入水、木曽川大水、沿河恵那郡の地激流漲溢す。 往昔三川出水
1716 9.1 享保1.7.16 水害 木曽川通り加茂郡取組村激流漲溢して家屋に浸水した。 水災誌
1716 9.16 享保1.8.1 水害 阿木川大水。沿河の村々に河水漲溢した。 三摩我観録
1717 1.8 享保1.11.26 雪害 美濃大雪1丈余。行人寒死、民家倒る。 塩尻
1717 7.9〜3.6 享保2.6 水害・山崩れ 木曽川通り加茂郡取組村沿河の地を浸す。上流に山崩れありて此の水を来たすと云う。 往昔三川出水
1717 9.19 享保2.8.15 風水害 大雨風。辰刻より午刻迄辰巳大風にて、町々屋根を吹き破り、所々小屋掛け吹きつぶし、午未の刻、未申に風替り是又大風にて所々破損。 月堂見聞集
1717 10.5〜11.2 享保2.9 水害 長良支川糸貫川筋本巣郡生津村堤塘80間余破壊。 往昔三川出水
1717 11.7 享保2.10.5 水害 糸貫川大洪水。 本巣郡志
1719 3.17 享保4.1.27 火災 美濃加納本町より出火。93軒焼失。 加納町史
1719 9.14〜10.12 享保4.8 水害 牧田川沿い多芸郡大墳村堤16間切入り耕地損亡す。 往昔三川出水
1720 11.3 享保5.11.1 火災 美濃加納荒町より出火。56軒焼失。 加納町史
1720 享保5 水害 津屋川沿い多芸郡志津新田堤切り入る。 往昔三川出水
1721 4.26〜5.25 享保6.4 火災 岐阜加納領の内60間焼失。 岐阜市発展史
1721 7.22 享保6.6.28 水害 揖斐川通り安八郡曽根村堤切れ、大垣町入水。また、津屋川沿い下石津郡徳田新田堤も亦破る。 往昔三川出水
1721 8.1 享保6.7.18 水害 長良川通り厚見郡稲束村(元忠節村)堤192間切れ、岐阜町へ入水。下流羽栗郡間島村堤80間、板取川沿い武儀郡長瀬村堤も亦破壊、耕地を害す。また、此の年牧田川筋多芸郡島田村及び鳥江村で破堤した。 往昔三川出水
1721 9.6〜7 享保6閏7.15〜16 水害 大雨。揖斐川通り安八郡前田村堤切れ、大垣町に入水、田畑其の他の損亡多し。 往昔三川出水大垣市史   月堂見聞集
1722 9.24 享保7.8.14 風水害 大風雨。 月堂見聞集
1722 10.4 享保7.8.24 水害 長良川通り厚見郡茶屋新田、揖斐川通り安八郡南波村及び相川支流色目川沿い多芸郡蛇持村の堤切れ入水す。 往昔三川出水
1723 享保8 水害 加茂郡白川筋大出水、詳細不明。 美濃気候編
1723 享保8 疫病 飛騨馬疫流行。 飛騨編年史要
1724 享保9 風水害 美濃、飛騨大風。津屋川沿い下石津郡徳田新田堤破る。 往昔三川出水飛騨編年史要
1727 10.15〜11.12 享保12.9 火災 御嵩宿大火。 濃飛両国通史
1728 3.26 享保13.2.16 火災 加納町大火。145軒焼失。 濃飛両国通史
1728 9.16 享保13.8.13 水害 牧田川筋多芸郡直江村堤50間切れ、耕地30町歩を害す。小畑川沿い(牧田川支川)小畑村堤30間破れ、耕地1町歩余を害す。津屋川沿い下石津郡徳田新田堤を破壊した。また、此の年飛騨にも洪水があり、田畑が欠壊した。 往昔三川出水飛騨編年史要
1729 4.5 享保14.3.8 火災 高山大火。延焼975軒。(13寺八幡社等も焼失) 飛騨編年史要
1730 9.6 享保15.7.24 水害 色目川沿い多芸郡大坪村堤が切れた。 蓮生寺記録
1730 9.12〜10.11 享保15.8 水害 揖斐川通り、安八郡曽根村の下にて堤切れ、大垣輪中に入水した。 美濃気候編
1730 享保15 凶作 飛騨田畑凶作。 飛騨編年史要
1730 享保15 疫病 飛騨痲疹。 飛騨編年史要
1731 9.12 享保16.8.12 水害 牧田川筋多芸郡島田村、金草川沿い岩道、色目川沿い大坪、津屋川筋徳田新田の堤が切れ込んだ。また、12日未上刻曽根村下堤45間余決壊。瀬古村、前田村堤も決壊入水、庭にて水深1尺5寸程。 往昔三川出水  大垣市史
1731 享保16 飢饉・凶作 飛騨穀物熟せず、凶作。 飛騨編年史要
1732 3.26〜4.24 享保17.3 水害 川浦川大水。加茂郡滝田の耕地を流亡した。 富田村記録
1732 享保17 凶作 飛騨田畑凶作。 飛騨編年史要
1733 5.4 享保18.3.21 飢饉 飛騨高山町米価暴騰、窮民一揆を起して商家9戸を打毀す。 飛騨編年史要
1733 10.8 享保18.9.1 水害 牧田川筋多芸郡鳥江村南堤が切れ入る。 吹原文書
1734 6.8 享保19.5.7 水害 飛騨洪水。 飛騨編年史要
1734 7.6 享保19.6.6 水害 益田川大水。中原村中綱切れて御用木流失多し。 飛騨編年史要
1734 享保19 水害 牧田川筋上石津郡牧田村堤防数ヶ所破壊、耕地高110石余川敷となる。 往昔三川出水
1735 3.6 享保20.2.12 火災 高山50軒焼失。 飛騨編年史要
1735 8.16 享保20.6.28 水害 小畑川大水。多芸郡小畑村堤切入る。 佐竹記録
1736 4.14 元文1.3.4 雹害 東濃降雹、被害多し。 濃飛両国通史
1736 6.1 元文1.5.2 水害 揖斐川通り下石津郡万寿新田杁樋吹き破れ、森下、石亀、内記、菅野などにて中堤塘破壊す。高須洪水のため堤切れ、田畑、家屋6〜7尺湛水した。また、加納も堤246間破れ、入水、村数29ヶ村、田畑の入水1,280町歩余、高13,603石余。 往昔三川出水  元文世説雑録
1736 8.2 元文1.7.14 水害 揖斐川通り下石津郡万寿新田杁樋再び吹き破れ、森下、石亀にて中堤破壊す。 往昔三川出水
1736 12.3 元文1.11.2 暖冬 飛騨暖冬。この冬より翌年にわたり、雪降らず。 飛騨編年史要
1737 3.17 元文2.2.17 水害 揖斐川通り同所の杁樋三度び吹き破れる。 往昔三川出水
1737 7.28〜8.25 元文2.7 水害 加茂郡黒川村地内、山崩れ。黒川氾濫して沿河の耕地流失多し。また、津屋川沿い下石津郡徳田新田破堤す。 往昔三川出水
1737 9.13〜15 元文2.8.19〜21 水害 美濃加納領大雨洪水。2,191町歩余入水。 元文世説雑録
1738 7.上〜中旬 元文3.5.下旬 水害 飛騨洪水。吉城郡古川町方村仲之溜の宮川水路変易す。 飛騨編年史要
1738 7.5 元文3.5.19 水害 金草川大水。多芸郡岩道村入水。 常性寺記録
1738 7.21 元文3.6.5 水害 5月8日より霖雨続き、長良川通り屡々出水あり岐阜町へ入水。 往昔三川出水
1738 8.15〜9.13 元文3.7 水害 津屋川沿い下石津郡徳田新田堤破る。 往昔三川出水
1738 9.14〜10.12 元文3.8 水害 津屋川沿い下石津郡徳田新田また破堤。 往昔三川出水
1739 元文4 大雪 飛騨この冬大雪。 飛騨編年史要
1740 8.8 元文5.7.16 水害 牧田川出水、10合余。多芸郡島田、鳥江の堤切れる。 吹原文書
1740 8.22 元文5.閏7.1 水害 甚雨洪水。美濃領内流亡数ヶ所あり。 大聖寺藩史談
1740 9.26 元文5.8.6 水害 益田川大水。益田郡尾崎村の河岸崩れ、往古の橋杭露出す。 飛騨編年史要
1740 9.21〜10.20 元文5.8 水害 津屋川大水。 水災史
1741 6.3 寛保1.5.18 水害 色目川大水。多芸郡大坪村堀の内堤が切れた。 蓮生寺記録
1742 寛保2 暖冬 飛騨雪降らず。年礼草履、雪駄を用う。豊作。 飛騨編年史要
1743 5.29 寛保3.閏4.6 火災 未の上刻今泉村七軒町から出火し、翌朝6時頃漸く鎮火した。付近43町に延焼し、10町内のみ焼け残つたが、此の大火の類焼家数1,513軒、土蔵70、毀家14軒、死者1を出し、同じ区域内にあつた七ヶ寺も炎上した。 岐阜市発展史
1744 延享1 大雪 飛騨大雪。 大雪史
1744 3.14〜4.12 延享1.2 疫病 飛騨疱瘡流行。 飛騨編年史要
1744 7.10〜8.7 延享1.6 水害 揖斐川通り安八郡大吉新田杁樋吹き破る。 往昔三川出水
1745 5.25 延享2.4.24 地震 大垣七ツ時大地震。 大垣市史
1745 延享2 水害 長良川洪水。加納輪中被害が多かつた。 村瀬文書
1747 延享4 疫病 飛騨風邪流行。 飛騨編年史要
1748 6.2 寛延1.5.25 水害 揖斐川出水。安八郡神戸村にて被害地3町7反歩、大六道村堤塘破壊。                また、津屋川筋多芸郡志津新田の堤切れ入る。 往昔三川出水
1749 3.19〜4.16 寛延2.2 暖冬 飛騨桜花例年より1ヶ月早い。 飛騨編年史要
1749 9.12〜10.10 寛延2.8 水害 長良川通り厚見郡池ノ上村にて堤塘275間、東島村200間破れ、島輪中入水す。また、牧田川沿い多芸郡大墳村の堤も切れ入る。 往昔三川出水
1750 5.6〜6.3 寛永3.4 水害 飛騨諸川大水。所々損地が多い。 飛騨編年史要
1750 7.4〜8.1 寛永3.6 水害 飛騨諸川洪水。被害多い。 飛騨編年史要
1751 8.17 宝暦1.閏6.26 水害 四ツ目川大水。民家の流失多し。 水野年代記
1752 2.29 宝暦2.1.15 雪害 池田郡非常の大雪にて、山間部にては、神社倒れし等損害多し。 美濃気候編
1752 6.25 宝暦2.5.14 水害 益田川筋出水。下原で2丈程、被害不詳。 榑木方日記
1752 宝暦2 水害 川上川大水。溺死2人、耕地流亡多し。また、津屋川筋多芸郡志津新田の堤が切れた。 往昔三川出水  水野年代記
1753 7.1〜7.29 宝暦3.6 水害 飛騨地方洪水。 飛騨編年史要
1753 7.1〜7.29 宝暦3.6 冷夏 飛騨冷涼、綿入を着る。 飛騨編年史要
1753 9.15 宝暦3.8.18 水害 木曽川支川阿木川満水。17日払暁大井橋が墜ちた。また、下流高須輪中、金廻堤並びに中堤森下、内記、石亀、萱野にて破堤。津屋川沿い多芸郡志津新田堤切り入る。 美濃気候編   古山家記録
1753 8.29〜9.26 宝暦3.8 水害 飛騨再度の洪水。 飛騨編年史要
1753 宝暦3 疫病 飛騨痲疹流行。 紙魚のやどり
1754 8.28 宝暦4.7.11 水害 津屋川沿い多芸郡鷲巣村堤切り入る。 往昔三川出水
1755 10.6〜11.3 宝暦5.9 水害 大槫川沿い安八郡大藪村地先洗堰喰達切落堤外畑地川敷となる。牧田川筋多芸郡多芸村堤切れ耕地残らず損耗す。 往昔三川出水
1755 宝暦5 大雪 飛騨吉城郡河合村大雪、雪卸6回。 大雪史
1756 7.1 宝暦6.6.5 火災 萩原大火、残らず焼失。 飛騨編年史要
1756 10.1 宝暦6.9.17 水害 牧田川通り、多芸郡島田村五日市村堤破壊。 続史愚抄   往昔三川出水
1756 10.25 宝暦6.10.2 水害 阿木川満水。翌払暁大井橋が墜ちた。 古山家記録
1757 6.17 宝暦7.5.1 水害 木曽川通り恵那郡沿河の地及び阿木川暴漲。長良川通り本巣郡生津村字大川端にて川欠け、海西郡岡村堤防破壊す。羽栗郡西小熊村杁樋吹き破れ、足近輪中一円入水。境川沿い厚見郡高桑村堤塘破壊。牧田川沿い多芸郡五日市村、津屋川沿い下石津郡徳田新田、堤切り入り等、堤防破損78ヶ所1,950間に上つた。 往昔三川出水  名古屋市史
1575 7.15 宝暦7.5.29 水害 美濃大雨。洪水被害多し。 泰雲公御年譜
1758 9.24 宝暦8.8.23 水害 木曽川通り中島郡駒塚村水量10合、同所及び海西郡森下村と外浜村の境及び中堤が切れ、また、牧田川筋多芸郡五日市村堤が切れた。 此の月、神通川も洪水あり。 往昔三川出水  飛騨編年史要
1758 宝暦8 凶作 飛騨凶作。 飛騨編年史要
1760 4.16〜5.14 宝暦10.3 火災 大垣大火。 続皇年代略記
1760 7.4 宝暦10.5.22 水害 揖斐川通り安八郡浅草落横曽根樋吹き抜け入水す。 江東校資料
1760 7.16 宝暦10.6.4 地震 飛騨、旗鉾村銚子ヶ谷山崩る。 大日本地震史料
1761 4.25 宝暦11.3.21 水害 復旧した横曽根樋が再び吹き破られた。 江東校資料
1762 4.9 宝暦12.3.15 大雪 飛騨大雪により高山山王祭を4月へ延期す。 飛騨編年史要
1762 6.22〜8.19 宝暦12.5〜6 干魃 濃飛諸国大旱。可児郡旱天持続せしがその状況不明。 美濃気候編  飛騨編年史要
1762 7.28 宝暦12.6.8 水害 長良川通り厚見郡下奈良村水門切れ入る。 忠節用水記
1762 7.21〜8.19 宝暦12.6 水害 長良川通り厚見郡西小熊村堤杁樋より切り入る。 美濃気候編
1762 宝暦12 大雪 飛騨大雪。 大雪史
1763 8.2 宝暦13.7.12 水害 揖斐川、粕川等水量堤防に満ち、所々決壊、被害大。 美濃気候編
1763 8.27 宝暦13.7.19 風害 飛騨大風あり。 飛騨編年史要
1763 10.19 宝暦13.9.13 水害 揖斐川筋出水。7月に譲らず、人民困難す。 美濃気候編
1765 4.20〜5.19 明和2.3 暖冬 飛騨、季節早し。コブシ花咲く。 飛騨編年史要
1765 6.4 明和2.4.16 水害 木曽川通り加茂郡取組村入水、同郡飛騨川沿い西栃井村沿河の耕地巨害を蒙る。 往昔三川出水
1765 7.3〜4 明和2.5.16〜17 水害 木曽川通り大水。錦織湊の材木100,000余流失、加茂郡黒瀬村で流れ家15。 また、羽栗郡下中屋村5間、間島村90間、米野村43間破堤す。 帝王年代記   往昔三川出水
1765 7.18 明和2.6.1 水害 大野郡小八賀の山沢俄然噴出し、小八賀、荒城、高原の三川へ濁水溢漲して巨岩、大木を流下した。 飛騨編年史要  大日本地震史要
1765 8.19 明和2.7.3 水害 牧田川筋多芸郡多芸村にて決堤130間、流家2、耕地11町余砂入り、津屋川筋多芸郡志津新田及び下石津郡徳田新田にて堤2ヶ所切り入る。 往昔三川出水
1765 9.17 明和2.8.3 水害 長良川通り方県郡長良村水量10合、同所にて破堤。また、羽栗郡西小熊村杁樋吹き破れ、安八郡大森村堤塘66間、境川沿い厚見郡高桑村56間破壊。揖斐川沿い安八郡神戸村堤40間破れ、耕地36町歩を害す。犀川(長良川支川)沿い本巣郡十七条村の堤もまた破る。 凶荒誌には美濃大水人死すとある。 往昔三川出水  凶荒史
1765 明和2 干魃・飢饉 濃飛諸国干魃、飢饉。餓死者瀕出。 美濃気候編   益田郡史
1766 7.27 明和3.6.21 水害 根尾川大水。 本巣郡志
1766 明和3 水害 木曽川通り羽栗郡米野村堤35間、武儀川筋武儀郡岩佐村堤100間余破れ、同郡八幡、高野両村の耕地を害す。 往昔三川出水
1767 6.11 明和4.5.15 火災 古川町方村大火。本光寺、真宗寺、円光寺のみ類焼を免れた。 飛騨編年史要
1767 6.26〜7.25 明和4.6 干魃 諸国大旱。 飛騨編年史要
1767 8.6〜7 明和4.7.12〜13 水害 木曽川通り濃尾沿河の堤塘数ヶ所破壊、家屋の流失、住民の溺死多し。 往昔三川出水
1768 6.15〜7.13 明和5.5 水害 武儀川筋武儀郡岩佐村、宇多院村、高野村其の他所々で破堤。境川筋厚見郡高桑村、犀川沿い本巣郡十七条村、牧田川筋多芸郡五日市村、津屋川沿い下石津郡徳田新田にてそれぞれ破堤、多良川沿いに被害が多かつた。 往昔三川出水
1768 7.11 明和5.5.27 水害・山崩れ 揖斐川洪水。池田郡山洞村その他に山抜けがあり、牧田川水系もまた洪水。不破郡室原村、多芸郡岩道村、江月村、島田村で破堤、鳥江村堤平押しとなる。 牛洞村覚帳   蓮生寺記録   吹原文書
1768 8.13 明和5.7.2 火災 申の刻頃出火。御代官支配古屋敷の内5町内及び法運寺が全焼。ついでに岐阜町へ延焼して11町が全焼、2町内、半焼、類焼家数374軒。外毀家4軒、半焼3軒、土蔵72であつたが、死者34人、重傷6人を出したと云う。 岐阜市発展史
1768 8.12〜9.10 明和5.7 水害 武儀川通り武儀郡高野村及び多良村沿い上石津郡沿河の地被害多く、牧田川沿い多芸郡五日市村、津屋川沿い下石津郡徳田新田及び犀川沿い本巣郡十七条村堤破る。 往昔三川出水
1769 7.2 明和6.5.29 水害 津屋川沿い下石津郡徳田新田堤切り入る。 往昔三川出水
1769 9.2 明和6.8.21 水害 揖斐川通り高須輪中江内村本堤並びに金廻、石亀、萱野、中堤破壊入水す。 往昔三川出水
1770 5.25〜6.22 明和7.5 干魃 濃飛大旱。5月より90余日雨無し。池田郡6月より8月に至るまで降雨無く、山野の草木枯死するものあり。濃州長柄川(長良川)など歩行渡り、笠松川(木曽川)など常の水かさに2合ほど少し。 美濃気候編   飛騨編年史要  さたなし草
1771 9.1 明和8.7.22 水害 川浦川大水。加茂郡滝田村で上30間、下40間破堤。 滝田村留書
1772 7.2 安永1.6.20 地震 飛騨益田郡内360ヶ所山抜け。 大日本地震史料
1772 7.22〜23 安永1.6.22〜23 水害・山崩れ 益田川通り飛騨国三郷村の内森組字笹平山崩れ、黒戸谷より砂石押出し、巨害を蒙る。         また、この年の夏75日間霖雨あり。ために、この辺りの地にて山崩れ800ヶ所あつたと云う。 往昔三川出水
1772 9.11 安永1.8.14 水害 飛騨大雨、洪水。14日強雨出水、就中、宮川筋被害多く、高山町にて家屋、土蔵89軒流失し、中橋も落ちた。 飛騨編年史要
1772 9.12 安永1.8.15 水害 長良川通り中島郡大須村、八神村立会地字蒲池の杁吹き破れ、堤防75間破壊した。 往昔三川出水
1772 9.18 安永1.8.21 風水害 東は美濃、近江、西は備後、讃岐等大風雨。民家を倒し樹木折れ、人多く死す。 続日本王代一覧
1773 7.22 安永2.6.3 水害 牧田川筋多芸郡多芸村堤50間切り入り、耕地砂入13町歩、流家5戸、島田、烏江、橋爪及び色目川11合の出水で、大坪掛樋東30間、蛇持橋15〜16間切れ、多芸輪中残らず水入り、金草川沿い口ヶ島杁所が切れ、津屋川筋志津新田、駒野新田、小坪及び釜之段(70間流家12戸)で破堤した。 吹原文書    蓮生寺記録   常生寺記録
1773 8月上.中旬 安永2.6.下旬 地震 飛騨、大八賀山口村山崩れ、土砂降る。 大日本地震史料
1773 7.20〜8.17 安永2.6 降砂 美濃国に砂降る。 太平年表
1773 8.7 安永2.6.19 風水害 大風水にて、島田村堤切れ、烏江村紙木より切入る。 養老郡志
1773 8.28 安永2.7.11 水害 杭瀬川筋安八郡若森堤切れ、また色目川沿い多芸郡大坪村で6ヶ所切れ、その他前月切れた飯田、橋爪で再び切れ込み、江月村で堤所々破壊し、烏江湊より水押込み、栗笠輪中へまた入水した。 江東校資料   蓮生寺記録   吹原文書
1774 6.27 安永3.5.19 水害 上之保川沿い郡上郡為谷村耕地3段歩川欠け、揖斐川通り、下石津郡万寿新田杁樋破れ入水、中堤石亀杁も吹き抜けた。 往昔三川出水
1774 9.6〜10.4 安永3.8 風害 山県郡谷合暴風あり。俗に石割風と云う。被害不詳。 美濃気候編
1776 8.5 安永5.6.21 水害・山崩れ 益田郡下呂村地方豪雨のため、字森地内数100ヶ所の山崩れがあり、人家の埋没及び死傷者あり。これを俗に下呂の「八百八抜け」と云う。 益田郡史
1776 安永5 水害 揖斐川通り池田郡上野村及び小島村立合堤塘420間破壊。 往昔三川出水
1776 安永5 疫病 飛騨痳疹流行。 紙魚のやどり
1777 5.26 安永6.4.20 雷雨 美濃雷、清水馬場北端へ落つ。 大垣市史
1777 安永6 干魃 大垣付近一帯および可児郡大旱。 美濃気候編
1778 3.22 安永7.2.24 火災 美濃加納町大火。76軒焼失。 加納町史
1778 8.3 安永7.7.11 水害 長良川通り厚見郡鏡島村で2ヶ所切入り、また上川上之保川沿い郡上郡大島村耕地1町6反歩を害す。境川筋厚見郡下佐波村、逆流筋羽栗郡不破一色村、糸貫川沿い本巣郡北方村、杭瀬川沿い安八郡木戸村、犀川沿い本巣郡十八条村、津屋川沿い多芸郡鷲ノ巣村志津新田、石津郡小坪新田(75間)、牧田川沿い多芸郡五日市村などで破堤した。 往昔三川出水
1779 8.12〜9.9 安永8.7 水害 長良支川大榑川筋安八郡海松新田、牧田川筋多芸郡直江村、小畑川沿い同郡飯田村で破堤入水した。 往昔三川出水
1779 10.3 安永8.8.24 水害 木曽川大水。美濃、尾張一円洪水、所々橋落ちる。 続日本王代一覧
1780 5.23 安永9.4.20 地震 飛騨の地強く震う。 飛騨地震年表
1780 安永9. 大雪 飛騨大雪。 大雪史
1780 8.30〜9.27 安永9.8 水害 伊自良川筋山県郡小倉村堤270間余破壊。耕地流亡。大榑川筋安八郡海松新田堤もまた破壊。 往昔三川出水
1781 7.21〜8.19 天明1.6 水害 武儀川洪水。山県郡谷合村橋梁落ち、道路欠壊。田圃の荒廃した所多し。 美濃気候編
1781 9.23 天明1.8.6 水害 飛騨洪水あり。 飛騨編年史要
1782 2.22 天明2.1.11 雷災 飛騨高山落雷。御役所一部焼く。 大野郡史
1782 4.13 天明2.3.1 水害 長良川通り羽栗郡西小熊村及び中島郡堀津村須賀にて破堤。 往昔三川出水
1782 6.17 天明2.5.7 水害 長良川1升2.3合の大水で平越しとなり。厚見郡忠節村144余間切入り、木曽川も高水にて所々切入る。 忠節用水記
1782     7.20    8.1     8.26 天明2.6.11        2.6.23        2.7.18 水害 6月23日長良川出水10合余、山県郡戸田村地内字弥靱堂(逆出とも云う)より切れ込み、今川を生じた。 6月11日及び7月18日の合せて3回の洪水により、長良川通り本巣郡前野村堤塘破壊3ヶ所、欠所2ヶ所、その他越切れ数ヶ所、逆川沿い中島郡飯柄村杁吹き抜け、犀川沿い本巣郡十七条村、津屋川沿い多芸郡津屋村及び志津新田、揖斐川通り下石津郡高柳新田(110間)で破堤した。 往昔三川出水
1782 9.7〜10.6 天明2.8 水害 長良川通り羽栗郡西小熊村堤塘破る。 往昔三川出水
1782 天明2 水害 揖斐川通り安八郡浅草村杁樋吹き抜け、また、多芸郡下地輪中入水、収穫皆無となる。久瀬川1升1合の大水、揖斐6分1堤並びに島村堤破る。 江東校資料   草野年代記
1783 4.2〜4.30 天明3.3 凶作 飛騨凶荒。 濃飛両国通史
1783 7.16 天明3.6.17 水害 大雨出水。逆川筋中島郡狐穴村堤切れ、須賀村杁樋吹き抜け堤80間破れ、正木輪中入水す。相川沿い安八郡釜笛村堤50間破堤し、大垣輪中入水す。                              また、神通川も洪水。 往昔三川出水  飛騨編年史要
1783 8.3 天明3.7.6 地震・凶作 信州浅間岳噴火し、ために高山付近強震10幾回に及び降灰あり。その後天候不順にして稲熟さす。 大野郡史    飛騨編年史要
1783 天明3 大雪 飛騨大雪。 大雪史
1784 5.9 天明4.3.20 火災 高山大火。2,342軒焼失。 飛騨編年史要
1784 天明4 凶作・飢饉 飛騨凶年。春夏の頃、高山にて米4斗1両2.3匁となり、餓?巷に満つ。また、加茂郡の記事に4年春、世間一般困窮を告げ、同郡久田見村宝蔵寺、法誓寺出金し、595人に賑恤す云々とあり。美濃国餓死者多し。 濃飛両国通史  加納町史
1784 天明4 水害 板取川筋武儀郡長瀬村堤所々破れ、耕地を害す。 往昔三川出水
1784 天明4 大雪 池田郡山間部にては大雪8尺余に達し、竹木の損傷多し。 大雪史
1785 7.3 天明5.5.27 水害・山崩れ 豪雨。近年稀有の洪水。各地に山抜けがあつた。 揖斐郡史
1785 10.16 天明5.9.14 火災 この夜、飛騨国分寺失火焼失す。 飛騨編年史要
1785 6.7〜8.4 天明5.5〜6 疫病 美濃疫病流行。死者多し。 加納町史
1785 天明5.夏 干魃 本巣郡大旱。 美濃気候編
1785 天明5.夏 凶作 飛騨凶荒。 飛騨編年史要
1786 3.28 天明6.2.29 水害 津屋川筋駒野新田、釜段新田で破堤、六艘樋、高須杁樋吹き破らる。 養老郡志
1786 8.6 天明6.7.13 雷災 池田郡大雷雨あり。落雷数10ヶ所、焼失家屋及び人畜の死傷あり。 美濃気候編
1786 7.25〜8.23 天明6.7 風水害 大雨昼夜に至り、且つ暴風雨あり、大洪水となる。揖斐川通り大野郡福島村及び島村にて100間破堤、耕地高47石流亡。津屋川沿い下石津郡駒野新田、糸貫川沿い本郷郡高屋村等にて堤防破壊す。 往昔三川出水
1786 8.24〜9.21 天明6.8 水害 木曽川通り加茂郡沿河の地、平水より高きこと1丈5尺。太田町市街半ばは入水。低地の家屋は床上6尺余の浸水。其の外同郡沿河の地被害最も多く、また、各務郡に於ては前渡村にて水量1升2合、同村堤塘50間破壊し、家屋12戸流失、48戸入水、被害地45町5反歩。下切村にて家屋32戸入水、被害地9町3反歩、其の他下流の村々被害多し。また飛騨川沿い加茂郡吉田村にて被害地3町2反歩、比久見村にて5町歩、福島村にて2反歩、其の他村々多少の流失地ありと云う。可児川沿い可児郡沿河の地にて堤長80間破壊し、また藪川沿い大野郡温井村また堤塘破壊、耕地被害あり。 往昔三川出水
1786 9.21 天明6.8.29 風水害 飛騨大風あり。稲作被害多し。 飛騨編年史要
1786 9.21 天明6.8.29 凶作 美濃も大風あり。加納領分潰家160軒あり。加茂郡彼岸中大嵐あり。立木、家屋を倒して、稲穂は10中8、9迄枯れ、非常に凶作となり、米殆んど実らず、種子を失うに至る。 加納町史    美濃気候編
1786 天明6 飢饉 美濃、飛騨飢饉。 濃飛両国通史飛騨編年史要
1787 天明7.春 飢饉 美濃、飛騨飢饉。飛騨今春米価騰貴、1両を以つて2斗8升に換うと云う。加茂郡大飢饉。餓死者至る所にありしと云う。揖斐郡、本巣郡も甚し。 濃飛両国通史  飛騨編年史要
1787 5.9 天明7.3.22 水害 津屋川筋多芸郡志津新田堤切れ入る。同夜杁樋吹き破る。 往昔三川出水
1787 5.27 天明7.4.11 雷雨・雹害 池田郡雷鳴と共に降雹あり。重量1匁8分のものあり。作物、竹木の被害多し。 美濃気候編
1787 6.1 天明7.4.16 火災 高山新下町大火。 飛騨編年史要
1787 8.1 天明7.6.18 水害 木曽川、長良川出水。また、境川漲溢し、沿岸道路堤防欠壊、耕地が荒廃した。 美濃気候編
1787 9.5 天明7.7.24 水害 大垣輪中洪水。 三摩我観録
1787 天明7 水害 長良川通り厚見郡日野村堤切入る。 日野村留書
1788 7.3 天明8.5.30 水害 長良川通り中島郡堀津村堤塘破壊し、須賀村杁樋破れ、堤85間、安八郡南条村30間、大榑川筋安八郡藻池新田中堤、津屋川沿い下石津郡徳田新田堤切入る。 往昔三川出水
1788 7.12 天明8.6.9 震災 池田郡春日谷大震あり。山岳崩壊、家屋社寺の倒壊あり。 美濃気候編
1788 7.4〜8.1 天明8.6 疫病 美濃疫病流行。死者1,000人余。 加納町史
1788 8.22 天明8.7.21 水害 揖斐川通り安八郡松内村堤塘破壊す。 往昔三川出水
1788 8.25 天明8.7.24 水害 揖斐川通り安八郡福束輪中及び西結村其の他堤所々切入る。 往昔三川出水
1788 天明8 凶作 飛騨凶饉。 飛騨編年史要
1788 天明8 飢饉・干魃 郡上郡西川村地方大旱のため非常の凶歳にして、人民飢餓に迫るもの多し。 美濃気候編
1789 6.11 寛政1.5.18 水害 木曽川通り恵那郡沿河の地激水漲溢し、また、中津川沿い恵那郡中津川、駒場村、手賀野村にて堤長750間を破り、家屋5戸、耕地22町5反歩を流亡した。飛騨もまた、高原川、荒城川筋枚ヶ洞より広瀬以北、家屋流失、耕地流亡の惨害を見た。 往昔三川出水飛騨編年史要
1789 7.8 寛政1.6.16 水害 川上川十一谷抜け、恵那郡中津川の町川洪水、町在で流家30余戸。また、四ツ目川大水、字恵土で2人死亡す。 水野年代記
1789 7.9 寛政1.6.17 水害 揖斐川通り下石津郡万寿新田杁樋吹き抜け入水、中堤森下、萱野の2ヶ所切入る。津屋川沿い多芸郡津屋村堤切れ、小坪新田の杁樋吹き破れ、堤長54間破る。 往昔三川出水
1789 7.1 寛政1.6.18 地震 飛騨金桶、大江、高原郷等数ヶ村山崩れ。 大日本地震史料
1789 7.1 寛政1.6.18 水害 木曽川通り高須輪中油島新田の本堤切入り、中堤金廻りで破壊し、一円入水。その他福束輪中、多芸輪中等所々堤切入る。飛騨洪水。神通川筋被害多し。 往昔三川出水  飛騨編年史要
1789 7.11 寛政1.6.19 水害 長良川通り中島郡小藪村堤110間、安八郡南条村50間、大榑川沿い安八郡松内村藻池新田、大吉新田にて堤塘破壊す。 往昔三川出水
1789 7.13 寛政1.6.21 水害 揖斐川通り安八郡今村堤切入る。 江東校資料
1789 7.23〜8.20 寛政1.潤6 水害 美濃大水。 続日本王代一覧
1789 9.19〜10.18 寛政1.8 水害 神通川洪水。吉城郡古川町に被害あり。 飛騨編年史要
1789 10.8 寛政1.8.20 風水害 美濃国大風雨、洪水。大風雨大垣城下入水、御家中潰家70余軒。 大垣市史
1789 9.19〜10.18 寛政1.8 凶作 飛騨凶作。 飛騨編年史要
1789 10.19〜11.16 寛政1.9 水害 牧田川筋多芸郡多芸村堤切入る。 美濃気候編
1790 9.28 寛政2.8.20 水害 大雨で各川洪水。中津川も亦洪水。 水野年代記
1791 7.1〜7.30 寛政3.6 水害 長良川通り厚見郡島輪中破堤入水。また、同郡江崎村、津保川沿い加茂郡肥田瀬村にて破堤、耕地多く流亡す。また、戸羽川沿い山県郡高富村にて堤破れ、家屋に入水す。 往昔三川出水
1791 8.31 寛政3.8.3 風害 大風のため揖斐郡竹木の被害多し。 美濃気候編
1791 9.17 寛政3.8.20 風水害 20日申の中刻より未曽有の大暴風雨あり。大垣城下町の被害多く、壊家4,000軒余、死者5人、傷者12人。加納領分潰家550軒余あり。飛騨も大風雨。作物大損害。国分寺の塔、大雄寺の門倒る。 大垣市史    加納町史    飛騨編年史要
1791 寛政3 凶作 飛騨凶作。 飛騨編年史要
1792 9.8 寛政4.7.22 水害 揖斐川筋出水、木の流失多し。加茂郡白川筋また出水す。 美濃気候編
1794 8.25〜9.23 寛政6.8 水害 長良川通り安八郡大明神輪中にて堤塘破壊(20間)、根尾川沿い大野郡大井村及び能郷村耕地流亡す。  また、本巣郡長嶺村にて字猪穴島流亡して河川となり、天明堂村にて耕地流失せり。 往昔三川出水
1794 寛政6.夏 干魃 池田郡多芸郡地方6月より7月13日まで大旱あり。 美濃気候編
1795 8.15〜9.12 寛政7.7 水害 上之保川筋郡上郡白鳥村堤120間破壊、耕地を害す。藪川も亦大水被害不詳。  往昔三川出水
1795 10.10〜10.13 寛政7.8.28〜9.1 水害 28日津屋川沿い多芸郡津屋新田杁樋吹き抜け、30間程切入り、根尾川大水。大野郡西黒野で流家、死傷者が出た。29日藪川筋大野郡上秋村樫木堤切入る。また、9月1日杭瀬川沿い多芸郡高渕村で破堤、大垣輪中入水す。可児川堤も50間破堤。津屋川沿い多芸郡津屋村杁樋が吹き抜けた。8月下旬、飛騨も亦洪水あり。高山中橋損傷す。 往昔三川出水  草野年代記   飛騨編年史要
1796 8.8 寛政8.7.6 火災 夜、高山大火。442軒延焼。 飛騨編年史要
1796 8.3〜9.1 寛政8.7 水害 長良川道り本巣郡生津村堤80間余、中島郡東方村70間、藪川沿い大野郡唐栗村にて10間破堤した。 往昔三川出水
1797 5.4 寛政9.4.8 水害 飛騨諸川洪水。田畑、道路、橋梁の流失多し。 飛騨編年史要
1797 6.25〜7.23 寛政9.6 雹害 海津郡降雹あり。農作物被害大なり。 美濃気候編
1797 6.25〜9.19 寛政9.6〜閏7. 干害 池田郡下石津郡の地、5月より6月に至る50日間降雨無く、農作物被害多大なり。飛騨も大旱。 美濃気候編   飛騨編年史要
1798 5.23 寛政10.4.8 風水害 3月30日より天空異状を呈し、6日夕方より強風雨引き続き、7日夜より暴風雨となり、8日に至つて各川洪水となる。木曽川通り恵那郡坂下村耕地8町歩流亡河川となり、加茂郡沿河の地流失家屋多く死傷20余人、各務、羽栗両郡沿河の水量1升2合、堤防平越しとなり、前渡より笠松に至る間の堤防決壊8ヶ所、(尾張方も満水の時は危険に瀕せり)家屋流亡、人畜の溺死多く、下流羽栗郡以南伊勢桑名迄一面海の如く、慶安3年9月1日(枝広の洪水)より6尺も高く、前代未聞の大水なりしと云う。境川、長良川決堤のため、加納町入水、人々棟上にに登れり。長良川筋にては方県、厚見2郡沿河の水量2升に上り、厚見郡日野、方県郡雄総、長良等に破堤あり。長良にて家屋の流失17、死者23人、土地の流亡砂入70町歩あり。岐阜町北にては堤防20間破れ、各町入水人家8戸流失。忠節、今泉、小熊野、鏡島等でも 150間乃至280間の破堤あり。暴水厚見郡西南の諸村に押入り家屋の流失あり。更に中島郡に至り、衝路の堤防を破れり。                 往昔三川出水  乙津寺記録   飛騨編年史要
1798 5.24 寛政10.4.9 水害 飛騨洪水。鍛治橋落ち、その他橋梁流失、山崩れ、川欠け等が多い。 蘭亭遺稿
1798 7.12 寛政10.5.29 水害 飛騨霖雨、洪水あり。田畑の損害多し。 飛騨編年史要
1798 8.23 寛政10.7.12 水害 木曽川通り羽栗郡沿河の村々入水。飛騨川筋武儀郡上麻生村の耕地流亡被害多し。長良川通り厚見郡鏡島村字萱場破堤50間。 往昔三川出水  鏡島村留書
1798 8.27 寛政10.7.16 風水害 14日夕方より暴風雨。15日、16日に至り出水す。木曽川通り羽栗郡無動寺村堤塘破壊し、入水各村に及ぶ。中島郡竹ヶ鼻村堤75間を破り、同郡並びに海西、下石津の3郡入水。長良川通り方県郡長良村流家20戸、壊家32戸、死者3人、半壊家144戸、破船大小8艘あり。また、厚見郡忠節村と今泉村との境に1ヶ所、鏡島村に1ヶ所計2ヶ所の堤(本年4月8日破壊した澪留堤)再び破る。再度の入水に人民一層困難を極む。長良川上流の郡上川沿い武儀郡曽代村にて高15石余の地を害し、家屋1戸流失、前野村の堤も破壊す。山県郡中屋、世保、溝口、戸田、千疋諸村の地激流漲溢、耕地を害し、加野村にて堤長200間を破り武儀川沿い山県郡植野、茂地、古市場諸村の耕地を害す。また、揖斐川沿い下石津郡安田村と帆引新田との村境にて本堤切入り、森下、札野、内記、萱野にて中堤破壊す。 往昔三川出水  乙津寺記録
1799 4.9 寛政11.3.5 震災 京都地震あり。揖斐郡にては、以後数日間数10回の地震あり、人畜死傷あり。 美濃気候編
1799 5.2 寛政11.4.16 水害 揖斐川通り下石津郡万寿新田堤防切入る。 美濃気候編
1799 6.2 寛政11.5.17 水害 長良川通り中島郡堀津村杁樋吹き抜け90間破堤、大須村堤も切入る。揖斐川通り下石津郡帆引新田にて杁樋吹き抜け、中堤札野、内記にて破堤。鬼谷川沿い郡上郡下洞戸村にても破堤す。 往昔三川出水
1799 寛政11.夏 干害 可児郡旱魃し、稲作被害多く、人民非常に困窮せり。 美濃気候編

岐阜地方気象台編『岐阜県災異誌』を再編集&データベース化しました。

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