7,地温の利用・ヒートパイプ

(1)目的
今回の研究は、飛騨における地温・地熱の研究ということで、地表から地下千数百m程度の深さまでの地温や地熱の様子を調べてきた。その結果、夏の日射の強い日中は,地表面温度が50℃以上に達し、夜間でも20数℃程度あるのに、約6m以深では、地温はほとんど地表の影響を受けることなく12〜18℃で安定し、数10mより深くなると深さとともに約3℃/100mの割合で上昇していくことがわかった。
 この章では、地温の有効利用について研究していく。
 ところで、このような地表と地下の地温差を、私たちは生活の中ですでに利用している。その一つは、地下水を用いた道路の融雪である。飛騨は雪国であり、毎年1m以上の積雪を観測する。その為,除雪の困難な街中の道路等を中心に、地下水による融雪が行われている。この方法は効果的な方法であるが、問題点もある。それは地下水を大量にくみ上げるため、他の井戸水に影響がないようにしなければならない点や、地下水に融雪水が加わり、道路が水浸しになってしまう点等である。
 さて、今回の研究を行うにあたり、熱の有効利用の一つにヒートパイプというものがあることを知った。
 ヒートパイプとは、密閉した容器に水等の溶液(作動流体)を入れ、内部を真空状態にしたものである。この容器の下方を加熱すると、作動流体は沸騰、蒸発し上方に移動する。上方では冷却、凝結が生じ、凝結した作動流体は容器内壁を流下し再び下方にたまる。このようにして下方の熱を効率よく上方に伝える装置である。 ( 図7−1)
 ヒートパイプには、内部の構造を工夫し、水平方向へ熱を輸送するものもある。このように、ヒートパイプを用いると地熱の有効利用に用いることができる。
 どのようなヒートパイプが、効率よく熱を伝えることができるか調べる。
(2)仮説の設定
ヒートパイプの原理上、同じ大きさのヒートパイプであれば作動流体の違いによって、熱を運ぶ効率が違ってくると考えられる。
 作動流体が沸騰、蒸発することによって熱を運ぶので、沸点の低い作動流体ほど効率良く熱を運搬することができると考えられる。
(3)方法
〔用具〕
 ヒートパイプ、放射温度計、黒体テープ、恒温水槽、スタンド 
作動流体(水、エタノール、メタノール)、コニカルビーカー
〔方法〕
 身近にある物質で沸点の低い物質としてメチルアルコール(メタノール)、エチルアルコール(エタノール)を用いる。今回この2つの物質と水の3つの作動流体を用いて実験を行う。
 実験で用意したヒートパイプは3本である。1本は長さ1mで、端にコックを付けた。残りの2本は長さ1.4mで、やはり端にコックを取り付けた。
 さらにこのパイプは先から1mのところで約70度の角度に折り曲げた。これは、後で土中に埋設するためこのような形状にした。パイプの材質は、強度を保つためパイレックスガラスを用いた。パイレックスガラスは私たちでは容易に加工できないため、富山市のガラス工芸家の方に特別注文で作成していただいた。
以下に実験の手順を述べる。

@ヒートパイプ内の空気を真空ポンプで少し抜き、コックを閉じる。作動流体を50ml
コニカルビーカーに入れ、作動流体を内部に吸い込ませる。

Aこのままの状態で空気を抜く、作動流体が沸騰・蒸発するため、作動流体を凍結させる必要がある。メタノールの融点は−97.78℃であり、エタノールのそれは−114.5℃なので、凍結させるため液体窒素を用いる。作動流体が凝固したところで真空ポンプで内部の空気を抜き取りコックを閉め、常温に戻す。 

Bパイプの表面温度の測定点として、ヒートパイプの先端から25、50、75、100cmのところに黒体テープを巻く。

C恒温水槽を用いて水温を50℃に保つ。ヒートパイプをスタンドに固定し、先端部分の10cmを温水につけ、1分ごとに30分間ヒートパイプの各測定点の表面温度がどのように変化するか、放射温度計で測定する。
(4)検証
今回3本のヒートパイプを用意したが,予備実験の途中で2本が破損してしまった。
そのため1本ですべての実験を行わなければならなくなった。
 しかし、熱の伝わり方を比較する今回の目的からすれば、同一条件で行うことになり、かえって良かったと考えられる。
 実験は、作動流体の種類ごとに、作動流体を入れただけの状態のもと、凝固させ空気を抜いた状態のもの(真空状態と呼ぶことにする)の2回行った。
 比較対照実験として、作動流体を入れないで真空状態にしたものも行った。

〔実験結果〕
 実験の結果を,表7−1、2、3、4、5、6、7に示す。また,それらをグラフ化したものを、図7−2、3、4、5、6、7、8に示す。 
 ヒートパイプの温度変化は、作動流体の影響が最も大きいと思われるが、他の影響として温水から直接やってくる熱放射や、パイレックスガラス管の熱伝導が考えられる。
 温水からの直接の熱放射の影響については、どの実験でもヒートパイプの設置状態を同じにしているので比較にはほとんど影響ないと考えられる。ヒートパイプに作動流体を入れないで真空状態にしたものの温度変化は、パイレックスガラス管の熱伝導のみに依存していると考えられる。そこで、作動流体の違いによる熱の伝わり方の違いを明らかにするため、各作動流体の実験結果から、ヒートパイプに作動流体を入れないで真空状態にした実験結果を差し引いて検証する。
 差し引いた値を表7−8、9、10、11、12、13、14に、それらをグラフ化したものを図7−9、10、11、12、13、14、15に示す。

〔検証〕
 明らかにどの作動流体とも真空状態の方が温度変化が大きいことがわかる。
 どの作動流体のヒートパイプでも、空気を抜かなかったヒートパイプの場合、25、50、75、100cmの各点で温度変化は±1〜2℃程度になっていることが分かる。
 このことは空気を抜かない状態では、熱の運搬はパイレックスガラス管の熱伝導だけによるもので、作動流体の影響がほとんど無いことを示している。
 ヒートパイプは、真空状態にしてはじめて本来の効果を発揮することが分かった。
 次に、各作動流体について熱の運搬の特徴を調べる。 
○メタノールについて
 メタノールの場合、実験開始直後からヒートパイプ内で沸騰が生じ、20〜30cm程度噴き上がり現象が見られたが、7〜8分後には沸騰は収まった。
 温度変化を見ると、開始直後に各点とも温度が急上昇し、特に75、100cmと、熱源から遠い位置の温度上昇が大きいことが分かる。
 数分後、全体に温度は低下するが、特に25cmの温度の低下が最も大きく、17分後あたりからほぼ3℃程度で安定してくる。
 50、75、100cmの各点でも、やはり17分後から6〜8℃程度で安定した。
 このような変化がなぜ生じたのであろうか。メタノールは、今回の作動流体の中で沸点が最も低い物質であり、50℃の温水によって、突沸現象が生じたものと思われる。
 これにより、メタノール自身によって一気に熱が運ばれ、管内全体の温度が上昇したものと考えられる。
 数分後突沸が収まると、メタノールは温水から安定して熱を吸収し、蒸発して上部に達し、潜熱を放出し凝結して下降するようになったものと思われる。
 熱源に近い25cm付近は、熱源に近いにもかかわらずあまり温度が上昇しない。
これは、メタノールが蒸発するとき熱を奪う作用が働くためと考えられる。
○エタノールについて 
 エタノールの場合、メタノールほどではないが、熱を運搬することがわかった。
 最も効率よく熱が運ばれたのは75cm点で、およそ15分後より常に5℃の温度を示した。また、50cm点でも、4℃以上を常に示していた。
 しかし、25および100cm点では2℃以下と、あまり熱が有効に運ばれていないことが分かった。25cm点については、メタノールの場合と同様、エタノールの気化に熱を奪われたものと考えられる。また、100cm点については、蒸発したエタノールが、そこまで十分上昇することができなかったためと考えられる。
○水について
 水の場合、特徴的な変化を示した。
 75、100cm地点は温度変化がなく、ほぼ±2℃で推移した。これはこの高さまで熱がほとんど運搬されなかったことを示している。一方、25、50cm地点では、実験開始から25、50cm地点で温度がほぼ同じ割合で上昇を始め、8℃以上に達した。
 しかし10分後から両者に変化が現れた。25cm地点ではほぼ9℃で安定したのに対し、50cm地点では温度が低下し始め、20分後にはほぼ0℃になってしまい、ヒートパイプの効果がなくなってしまった。これはどのように解釈すればよいのだろうか。
 考えられることとして、この場合もメタノールほどではないものの、急激な蒸発が生じたものと考えられる。そのため25、50cm点で最初数分間温度上昇が生じたものと考えられる。しかし水蒸気は、メタノールやエタノールほど高くまで上昇することができず、50cm以下の上昇にとどまったものと考えられる。最初の急激な蒸発が収まると、50cm点に熱の供給がなくなり、25cm付近に効率よく熱が運ばれ続けたものと考えられる。その証拠として、メタノールやエタノールの時には見られなかった凝結した水滴が、30cmあたりの管内に確認された。これは、その高さにおいて水蒸気が熱を放出し、凝結したことを示している。
 以上の結果を総合すると、もっとも長い距離に有効に熱を運ぶことができるヒートパイプは、作動流体にメタノールを用いた場合であり、次にエタノール、水の順であった。
 よって、沸点の小さいものほど効率がよいという仮説は正しいことが確かめられた。
 しかし、今回実験して予想しなかったことがいくつかあった。
 一つは、ヒートパイプでは、作動流体に近いところほど熱の運搬が大きいと思っていたが、実際は作動流体の違いによって、ヒートパイプの部分部分で熱の運搬効率が異なり、場合によってはガラス管のみの場合とほとんど変わらないか、あるいは少し劣る場合もあることがわかった。
 次に、ほとんどの場合、実験開始直後の温度上昇が大きく、10分程度経過してから変化が落ち着いてくることがわかった。
 また、空気を抜かなければ、ヒートパイプとして全く利用できないことがわかった。
(5)まとめ
ここでは、ヒートパイプの作動流体の違いによる熱の運搬効率について調べてみた。
 今回、沸点の低い作動流体ほど熱を効率よく運びやすいとの結論を得たが、いくつか予想外の結果も得られた。十分検証できないまま終わってしまったので、さらに研究する必要がある。
 今回のヒートパイプはパイレックスガラス製のため、加熱時に破損しないかなど、万が一のことを考慮し、50℃以上での実験を控えた。50℃以上ではどうなのだろうか。ヒートパイプの材質を金属にするなどして強度を高め、さらに追求する必要がある。
 作動流体についても、学校で手に入りやすい沸点の低い物質として、アセトンやアンモニアなどが考えられる。これらでも実験してみたい。
 さて、今回の最終目標は、有効な地熱の利用である。今回もっとも効率のよかったメタノールのヒートパイプを実際に埋設しその温度変化を調べてみることにする。
 前章までの研究で、6m深の地温はほぼ12℃で安定していた。これから冬季に向かってこのままの地温が保たれるのであるとすれば、ヒートパイプによる地熱を利用した融雪が可能かもしれない。実験に用いるヒートパイプは、1mの長さしかないのでどの程度の効果が得られるかわからないが、継続して研究していく。


液体窒素による作動流体の凍結

固体から液体へ

恒温水槽とヒートパイプ

ヒートパイプ表面温度測定