6,安房トンネル壁面温度・地殻熱流量

(1)目的
前章では、トンネル内壁面を測定することによって、地温の特徴を探ることができないか研究した。猪臥山トンネルでは、予想される地温よりもトンネル壁面温度の方が小さく、原因として掘削による冷却作用などの影響が考えられたが、はっきりした答えは得られなかった。トンネル内で壁面温度を観測することは、あまり意味がないのであろうか。
 しかしここでよく考えてみると、トンネル内壁面温度が、予想される地温と異なっていたとしても、やはりトンネル内壁面温度はその地点の地温の影響を最も強く受けているわけであり、地温の様子を知る手がかりになることには違いない。観測場所をかえ、あらためてトンネル内での観測を試みる。
 調査地点として、安房トンネルを選んだ。安房トンネルは、岐阜県上宝村平湯と長野県安曇村中ノ湯とをつなぐトンネルで、平成9年12月6日に開通した有料道路である。
 安房トンネルは、北アルプスの活火山である焼岳火山のすぐ南側に位置し、火山地帯を縦断する道路で、調査段階より地熱や火山ガスの影響が懸念されたトンネルであった。
 特に長野県側で地熱の影響が大きく、調査坑掘削時に岩体温度が最高75℃を記録した地点があり、難工事であったと知った。一方岐阜県側は、地盤が脆弱で湧水が多く、こちらも難工事であったという。
 このように、安房トンネルは1つのトンネル内で地熱の影響の大きいところと、地下水の影響の大きいところが存在し、地温・地熱観測では興味深い結果が得られそうなトンネルであることから、今回観測地点として設定した。
(2)仮説の設定
目的のところで述べたように、安房トンネルは火山地帯を貫くトンネルであるため、地殻熱流量が多く、一般のトンネルより壁面温度が高いと考えられる。また、大量の地下水が観測された場所では、壁面温度が低いと考えられる。
(3)方法
今回の観測にあたり、安房トンネルを管理する日本道路公団東京管理局松本管理事務所安房峠道路営業所に調査許可をお願いしたところ、快く承諾していただいた。
 安全管理上、安房トンネル本坑ではなく、平行して走る避難坑(本坑掘削前の調査坑だったところ)で調査することになり、調査には、管理事務所の方に同行していただいた。
 壁面温度測定は、放射温度計を用い自動車で移動しながら100mごと測定を行った。
 地殻熱流量の測定は、熱流センサーの表面にシリコングリスを塗りトンネル壁面にテープで密着固定し、ボルテージレコーダで記録した。
 また、壁面温度が高い部分や、湧水などがみられる地点では詳しく観察し記録した。
(4)検証
〔壁面温度について〕
 壁面温度の測定の結果を、表6−1−1に、それのグラフ化したものを図6−1−1に示す。途中2000m〜2300mでデータが無いのは、測定ポイントの目印にしていたトンネル内距離表示が分かりにくく、欠測したためである。
 このグラフをみて明らかなことは、グラフの左側の岐阜県側が低くく、右側の長野県側が高いことである。この結果を岐阜県側から詳しく追っていく。
 0m地点の壁面温度が高いのは、外気の影響と考えられる。トンネル中にはいると急激に低下し、200m〜400mでは約11℃まで低下したが、500m付近で15℃と上昇した。しかし800m〜1700mは10℃以下で1300mでは最低の7.25℃を記録した。欠測の間に、壁面温度は15℃以上になり、3600m地点の最高壁面温度34.5℃まで上昇した。3600m地点を過ぎると温度は低下し続け、長野県側出口近くの4300m地点での18℃まで低下した。
 調査の結果、570m地点に温泉の湧出が確認された。泉温は、67.2℃であった。
また、800m付近で大量の湧水がみられる。ここから奥は、トンネル掘削中に大量の湧水事故があったところで、最大の難所であったという。これら温泉や、多量の地下水の存在が、岐阜県側の壁面温度を特徴づけていると考えられる。
 一方、長野県側の3720m地点で、調査坑掘削中に最高岩盤温度を記録している。
今回最も高温であった3600mに近く、このあたり一帯が今でも高温状態が続いていることが判明した。このような極端な壁面温度の違いを生じたのはなぜであろうか。さらに詳しく検証するために、地質との関係を調べてみる。
 図6−1−2に安房トンネル周辺の地質断面図を示す。
 安房トンネル周辺は、古生代二畳紀の堆積岩類と、これを貫く中生代〜新生代第三紀の貫入岩からなり、これを新生代第四紀の火山噴出物、扇状地堆積物が覆っている。
 岐阜県側の安房平から平湯北部にかけては、古生層の古い谷地形にアカンダナ火山噴出物が数100mの厚さで堆積している。トンネル通過地点でこの火山噴出物が分布する位置は、900m〜1500m付近である。
 貫入岩は、中ノ湯付近に分布し、硬質で割れ目が多く、地熱の通路となり中ノ湯付近の高温地帯を形成している。トンネル通過地点でこの貫入岩体が分布する位置は、3500m〜4300m付近である。
 以上の結果と、壁面温度との関係をあらためて見直すと、壁面温度のもっとも高い3600m付近のでは、貫入岩体の位置と一致し、この岩体からの地熱の影響であることが考えられる。また、900m〜1500m付近の低温の部分は、アカンダナ火山噴出物が堆積している部分と一致している。この部分から大量の湧水が見られ、その影響で壁面温度が低下していると考えられる。また570m付近には温泉が湧出していることから、高温地帯となっていて、そのため周囲よりも壁面温度が高くなっていることが考えられる。
 以上、安房トンネルでは、トンネル壁面温度が、地質の様子をよく表していることがわかった。


〔地殻熱流量〕
 安房トンネル内では、猪臥山トンネルや野口トンネルではよくわからなかった地熱の影響がわかった。そこで、壁面温度が高かった中ノ湯側の避難坑連絡坑内で熱流量をの連続観測を行った。
 その結果、壁面からは、およそ0.02W/m2 の熱流量が観測された。
 地学の教科書では、地球全体の平均的地殻熱流量は、0.069W/m2 と記載されている。
 このような高熱地帯にもかかわらず、地球の平均値の1/3以下の値にしかならなかったのは、熱流センサーの設置に問題があったのかもしれない。熱流センサーは、本来岩体に密着して設置しなければならないが、実験ではコンクリート壁面に設置したため、密着が十分でなかったことが考えられる。
(5)まとめ
安房トンネル内で、壁面温度、地殻熱流量の測定を行った。
 安房トンネルの場合、壁面温度と地質の様子とが非常によく一致していることがわかった。また、十分ではないが、地殻熱流量も測定することができた。
 安房トンネルは、トンネルでは特異な例であり、そのためこのような結果が得られたものと考えられる。しかし、一般のトンネルでも、詳細かつ正確に観測を行えば、地質や地下水の様子をある程度推定できるかもしれない。
 もうすでにできあがってしまっているトンネルで、そのような観測を行うことに、どの程度の重要性があるかわからないが、研究としては興味ある結果となった。

表6−1−1
安房トンネル 避難坑 壁面温度

距離(m) 一回目 二回目 平均
0 25 20 22.5
100 18 11.5 14.75
200 12 11.5 11.75
300 12 10 11
400 12 9.5 10.75
500 13 13
600 16 14 15
700 10 18.5 14.25
800 10 9.5 9.75
900 8 10 9
1000 8 8
1100 10 9 9.5
1200 9 8 8.5
1300 8 6.5 7.25
1400 9 6 7.5
1500 9 6 7.5
1600 10 7 8.5
1700 9 8 8.5
1800 11 10.5 10.75
1900 11 9 10
2000
2100
2200
2300
2400 14 18.5 16.25
2500 18 20 19
2600 21 22 21.5
2700 22 22.5 22.25
2800 24 24.5 24.25
2900 25 26 25.5
3000 26 28 27
3100 27 30.5 28.75
3200 29 32.5 30.75
3300 30 33.5 31.75
3400 32 34.5 33.25
3500 34 34 34
3600 35 34 34.5
3700 34 33 33.5
3800 33 32 32.5
3900 32 29 30.5
4000 29 25 27
4100 26 26 26
4200 23 24 23.5
4300 18 18
※)岐阜県平湯側からの距離

図6−1−1

安房トンネル 岐阜県側 安房トンネル 長野県側

安房トンネル 本坑

安房トンネル 調査坑

安房トンネルの説明を受ける

3720m地点 最高岩盤温度記録点

570m地点 温泉の湧出

700m地点 大量の湧出

地殻熱流量の測定

連絡坑内

避難坑の壁面温度測定