-特にテフラと材化石を中心にして-
1研究の動機・目的 この研究は昨年からの継続てある。内陸盆地は我々が日常生活を営む生活空間てある。この盆地がいかなる性格を持ち,また,どのようにして形成されたかを知りたいと考え研究を行っている。一方,単に知的好奇心を満足させるだけに終らす,地下水の問題など実生活にこの研究成果を役立てたい。 2 研究の経過・方法 昨年ほ古川盆地を直接の研究対象としながら,内陸盆地の研究方法を確立することが主な目的てあった。(科学の芽7参照)従って確立した研究システムの各ステージについて予備的研究を広く行ってきたが,本年度は高山盆地を直接の研究対象としながら,重点項目として,材化石の絶対年代測定及び飛騨テフラの区分を取り上げて深く研究を行った。この二つの項目は.盆地形成過程を研究する上で時計としての役目を果してくれる。 3 研究の内容 〈1)高山盆地の特徴(古川盆地との比較から) 図1に示したように,高山盆地も古川盆地と同様飛騨北部に特徴的に発達するNE−SW及ひNW−SE両方向の断層によって境され、盆地を中心とした地帯が陥没して形成されたものと考えられる。接峰面図からも比較的定高性を持つ飛騨山地の中にあって,古川・高山両盆地は周囲よりそれぞれ約700m,約500m低い凹地帯を形成していることがわかる。一方,両盆地の北西縁を墳するNE−SW方向の断層は相対的に北西側が上昇する運動てあるため盆地内を流れる川はいずれもせき止められ,盆地に多量の土砂を堆積した。その後の両盆地の隆起の仕方の違いから,高山盆地には段丘の発達は良いが,沖積層の発達が悪いという特徴が生じたと考えられる。 (2)飛騨テフラの研究(分類と噴出源の方向) 古川盆地ては主に段丘化した崖錐上に,高山盆地ては段丘上にテフラが分布している。このテフラの分類と分布状況を調べることは,両盆地の時間的関係を知る上て極めて重要てある。テフラについてはその研究方法を確立し,研究器具を2つ自作するなどしてデータの蓄積に努めた。その結果,飛騨テフラほ,下位より広殿層・高山層・町方層の3層に区分される。各層の飛騨地方における分布の様子を図3に示した。さらにこれらテフラの噴出時期を知る目的で各層の鉱物(石英・長石・角閃石・シソ輝石)の最大粒径を測定し等粒径繰回を作成した。(図3)その結果,3層とも噴出源はほば西方にあると考えられるが,現段階では特定の火山を堆定するまでに至らなかった。飛騨地区以外に調査域を広げる必要があろう。また,テフラの年代堆定の一助として台地磁気の測定を行った。測定器も改良を重ね3号機となった。まだ十分に目的を達成するには至っていないが,高山層の偏角はN58°E付近に集中が認められた。数多くの試料について測定し平均をとる必要があろう。 (3) 材化石の絶対年代測定 昨年から開始したアセチルブロマイド処理法による絶対年代の測定である。有毒薬品を使用し,48時間の連続定温還流を行うため,専用のドラフトを設計し製作した。盆地内4か所,湿原1か所の計5か所の試料について,何回か測定を繰り返し平均値を求めた。比較的満足のいく値を得ることができ,盆地形成過程の編年に有力なデータを与えてくれた。試料採取地点を図1・図2に示した。得られた絶対年代は,次の通りである。古川盆地周辺のテフラの分布しない崖錐(図1〜2の1及び1)が4〜15万年,高山盆地南部の矢林層(江名子断層の活動に伴って形成されたと考えられる。図1〜2の2)が500〜1000万年。分水嶺南部の久々野町のテフラのすぐ下位の段丘レキ層(図1〜2の3)が100〜200万年であった。これらの値はテフラの対比によって考えられる地層の新旧とも矛盾しない。以上の結果を総合すると,盆地の形成は第三紀後期(あるいは第四紀初期)から始まり,テフラの分布する段丘・古崖錐は洪積世中期,テフラのない段丘・崖錐は洪額世後期に形成されたといえる。 |
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