飛騨における地震予知の研究 平成13年度地学部

1、はじめに
『岐阜県災異誌』(西暦649年から1965年までの県下で発生した自然災害や異常現象を記録しまとめたもの)には、地震や震災が58回記録されている。このうち震災は、32回の記録がある。これを単純に計算すると、岐阜県内ではおよそ40年に1回の割合
でなんらかの地震災害を被っていることになり、岐阜県民は一生の間に1回や2回は大きな地震を経験する計算になる。
岐阜県周辺では『岐阜県災異誌』の記録以後1984年の長野県西部地震、1995年の兵庫県南部地震(阪神大震災)など大きな地震災害が発生している。また最近では三宅島での火山活動の活発化、富士山での低周波地震の活発化、鳥取県西部地震等々、日本各地で地震や火山活動に注目が集まっている。このような背景から、あらためて飛騨地域の地震について研究したいと考え、研究をはじめた。

2、目的
1858年に飛騨を中心に飛越地震が発生した。河合村や宮川村では家屋の倒壊や土砂崩れなど多くの被害が発生した。この地震は跡津川断層の活動によって引き起こされたことがその後の調査で明らかになった。跡津川断層は、現在でも活発な活動を行っている活断層であることから、今後大きな活動を起こさないとも限らない。この跡津川断層を対象に、地震活動について研究を行う。

3、方法
跡津川断層上でCO2、H2ガスの連続観測を行い、地震活動との関連を探る。長さ2m、直径22mmの塩ビパイプを埋設する。パイプには、土壌ガスを収集しやすいように先端から50cmのところまで4cm間隔で交互に通気穴(約5mm)を設けておく。パイプの地上側には、ガラスパイプを通したゴム栓をし、ビニールテープでしっかり固定する。測定には、(株)ガステックの検知管式気体測定器を用いて検知管にて測定を行う。CO2、の測定には、(株)ガステック製の300〜5000ppm測定用検知管を用い、
H2の測定には、0.5〜2%測定用検知管を用いる。CO2、H2とも測定方法は同じで、それぞれの検知管の両端を折り取り、一方をパイプ側に、一方を気体測定器につなぎ、気体測定器のピストンを引き、2分後に検知管の色の変化した長さを目盛りで読みとり、それぞれの気体濃度を測定する。跡津川断層上の、河合村天生と宮川村野首で連続観測を行う。

4、本論
(1)仮説
 地震活動と断層ガスとの関係についての研究報告はいくつかある。1965年〜67年にかけて群発地震の起きた長野県松代で、断層上のHeガスの濃度が350ppm以上の高濃度を記録した例や、CO2関濃度が断層外で0.5%前後なのに対して断層内で2〜3%に上昇していることが確認された。断層から最高で3%もの高濃度の水素ガスが放出されているという例は、兵庫県の山崎断層で初めて発見され、その後各地の断層で水素の放出が確認されている。Wakitaら(1980)は、地下深部で断層運動によって破砕された岩石の表面と地下水とが反応して水素が発生するというメカニズムを考え、その後の室内実験で、実際にそのような条件で水素が発生することを確認した。宇井・林(1983)や佐竹・林(1983)の研究では、跡津川断層とその北側に平行に走る牛首断層上でラドン濃度、H2濃度、CO2濃度の測定を行い、CO2濃度が4月,5月、6月と約0.2%程度で推移したのち、7月から少しずつ上昇し始め、8月には1%近くになり、9月にやや減少し、10月に再び高くなるものの、11月には0.5%以下に減少する傾向を明らかにした。一方、CO2 の炭素同位体比を調べ、断層ガスのCO2 は、生物起源である可能性が高いことを示し、生物の活動が盛んになる春から夏にかけてCO2濃度が高くなり、冬に向かって減少していくものと考えた。またH2濃度に関しては、ほとんど検出されていないが、6月に最高7000ppmの高濃度を示しその後再び検出されないという、特徴的な変化をとらえた。周囲の地震活動には目立った変化はなく、地震活動との相関は見られなかった。
以上の結果をふまえ、仮説を立てる。断層ガスのうち、CO2 は生物起源の可能性が高いと予想される。しかし、地震の前の
地殻のひずみの蓄積など、地上で観測されにくい現象では、通常と異なる挙動を示す可能性が高いと考えられる。CO2 に季節的変化があるのであれば、それを正確に把握すれば地震予知の可能性があると考えられる。H2 に関しては、地下で生じていることに間違いないので、地震活動との関連が大きいと考えられる。以上のことから、跡津川断層でも断層運動(地震活動)の前後で、CO2やH2 ガスの放出量に変化があらわれるものと考えられる。

(2)仮説の検証
 観測は、河合村天生観測点で4月28日から、宮川村野首観測点は7月8日から開始した。天生、野首でのCO2、H2測定値、および比較対照データとして、気温、降水量、気圧、周辺地域の地震エネルギー値をまとめる。気温および水温は、天生観測点そばの大坪勲さんの養魚場のデータを用いた。降水量は、天生観測点の南およそ3kmにある関西電力下小鳥ダムのデータを用いた。気圧は、高山市にある高山測候所のデータを用いた。周辺地域の地震エネルギーデータは、京都大学防災研究所附属地震予知研究センターのインターネットホームページに掲載されている地震速報と、上宝観測所から頂いた地震データを用いた。

@観測結果の概要
 天生、野首の観測点での測定結果についてまとめ、両観測点の断層ガス濃度を比較する。
○河合村天生でのCO2 について
 天生では、はじめの頃の5月上旬、およそ1000ppmの値を示していた。この値は、一般の大気中の値の約3倍の濃度に相当する。その後5月中旬から下旬にかけてのおよそ半月の間、200ppm以下の濃度の日が続いたが、6月初旬に1000ppm以上に戻った。その後すぐに値の低い日が4、5日続いたが、濃度は徐々に上昇し、7月になり2000ppmを越えた。7月〜8月上旬はおよそ2000ppm〜3000ppmの間を推移した。8月中旬に欠測が続いたため、はっきりしたことはいえないが、8月下旬には4000ppmに達する高濃度を記録した。このCO2濃度の変化の様子は、宇井・林(1983)、佐竹・林(1983)の結果と良く似ている。しかし、5月の減少は特徴的であり、詳しく検証してみる。
○河合村天生でのH2について
一般の大気中での水素は、ほとんど無いに等しい。しかし観測の結果断層上で、0.5〜1%程度の濃度の水素が検出された。宮川での観測は、都合上7月9日から開始した。最初の4日間ほどは2000ppm程度であったが、その後2000ppm〜3000ppmの間を推移し、途中8月上旬に1回3500ppmを記録した。9月になり、やや値は減少してきたが、ほぼ2000ppm台で現在に至っている
○宮川村野首でのH2について
 7月の中旬から8月上旬にかけて0.5〜1%を記録する日が多かったが、それ以降は、下旬に3日ほど0.5%以上の日があった以外、水素はほとんど検出されていない。以上の結果を比較すると、CO2 に関しては、両観測点とも大変良く似た変化を示すことがわかる。違いといえば、8月下旬に天生で4000ppmの最高濃度値を記録したとき、野首では、ほぼ3000ppmであまり変化が無かったときくらいである。このことから、CO2 に関して両者の違いはほとんど無いといって良いと思われる。H2 に関しては、両観測点とも比較できる期間の間の測定値が0〜1%の問の変化ということでは比較的似ているといえる。しかしこの間のデータだけではっきりしたことを述べるのは難しい。まとめると、観測点は離れてはいるが、両観測点の断層ガスの濃度や変化の様子は、良く似ている。この点をふまえ、その他の要素との比較を試みる。
A気温との相関
 気温と断層ガスとの相関を下図に表す。
 天生観測点で観測を開始したのが4月28日だった。このときまだ日陰には、ほんのわずか残雪があった。また、今年は猛暑で連日30度以上の日が続いた。さて気温と、断層ガスとの関係を見てみると、前述したように、CO2濃度は、春から夏にかけだんだん上昇し、特に7月に入って急に値が高くなっている。気温は、この変化の2週間ほど前から高くなっていて、気温とCO2濃度には明らかに相関があると考えられる。これは、宇井・林(1983)、佐竹・林(1983)の結果と同じであり、やはりCO2 は、生物活動に大きく左右されることを示していると考えられる。しかし、詳細に見ると、5月中旬のCO2濃度の減少時に気温の変化はあまり無い。このことは、何か、別の要因があるものと思われる。一方、H2 はむしろ逆に、春に高く、夏に低いようにみえるが、この結果からでは、気温との相関はあまりないようにみえる。 次に降水量との相関を見る。

B降水量との相関
 降水量と断層ガスとの相関を下図に表す。
 観測期間を通して降水量が最も多かったのは、6月18日の約70mmであった。その前後の6月中旬から下旬にかけても、降水の多い日があった。また、次に降水が多かったのは、8月下旬の台風にともなうものであった。このとき最も多い日で40mm以上を記録した。断層ガスとの比較では、6月のものは天生観測点での記録としか比較検討できないが、この期間やや欠測が多く、十分な検証は行えないが、CO2 に関してはあまり影響していないようにみえる。一方、H2 に関しては、降雨申渡度が下がり、ほとんど検出されないようにみえる。また8月の台風時の降水に関して、野首観測点で検証してみると、やはりCO2 は全く影響を受けていないようにみえる。一方、H2 はやはりほとんど検出されていないが、これは降水の1週間ほど前からそうであったので、降水との関係はよくわからない。以上、総合してみると、天生観測点、野首観測点の両観測点とも、断層ガスは、降雨に
対してほとんど影響を受けないことがわかる。

C気圧との相関
 気圧と断層ガスとの相関を下図に表す。
 観測期間中で気圧の変化が最も大きかったのは、8月下旬の台風の通過のによるものであった。このとき、天生観測点では、一時観測を中断していたため、気圧との関係ははっきり分からなかった。そこで野首観測点での記録から考察する。気圧が急激に低下した8月23日に、CO2濃度にはほとんど変化があらわれていない。また、H2はほとんど検出されていなのではっきりしたことはいえないが、あまり関係はなさそうである。このことから、気圧も断層ガスにあまり影響を与えないことが分かった。5月中旬のCO2濃度減少時には、気圧に特に目立った変化はない。このときのCO2濃度変化には、以上検証してきた気象要因との関係が見られないことから、地震活動との関係があるのかもしれない。次に地震活動との関係を検証する。

D−@地震活動との相関
 京都大学防災研究所附属地震予知研究センターのホームページ中には、飛騨地方の地震情報がリアルタイムで地図上に示されているページがある。このページには、その日から最近30日間の跡津川断層を中心とした飛騨地方周辺で発生した浅い地震(30km以浅)の震央分布が図示される。これをもとに、断層ガスとの相関をみる。飛騨地方周辺で発生している地震の特徴として、岐阜と長野県の県境にある御嶽山の東側の長野県西部で地震の多い地域が見られる。ここは、1984年の長野県西部地震の震源地であり、このときの地震の余震が今でも続いているものと考えられる。その他、特に地震の群発しているところは見あたらないが、微小地震が意外とたくさん発生していることがこのデータから伺える。断層ガス観測期間中の跡津川断層近辺での地震活動はどうだったのか、まとめてみる。

 5月28日から6月5日頃にかけて、天生観測点のすぐ北側で微小地震の群発が観測された。どの地震もマグニチュード1以下の大変小さい地震であった。7月2日前後には河合村角川付近でマグニチュード1程度の地震が観測された。7月8日前後には野首近傍でマグニチュード3程度の地震が観測された。7月16日には跡津川断層断層中央部の宮川村菅沼近くでマグニチュード2程度の地震が観測された。7月18日には天生のすぐ南でマグニチュード2程度の地震が観測された。8月26日頃には野首近くでマグニチュード2程度の地震が観測された。9月1日頃にも、やはり宮川村野首近くでマグニチュード1程度の地震が観測された。この記録を断層ガスの値と比較してみる。5月中旬〜6月上旬にかけて天生観測点でCO2濃度がそれまでの1000ppm程度から100ppmほどに減少するの観測された。この値の急変の約2週間後に、天生観測点のすぐ北で群発地震が観測された。群発期間中は、CO2濃度は再び1000ppm以上の値に戻っている。群発地震が収まった後、一時CO2濃度は増減を繰り返した。

 H2 濃度に関しては、群発地震の前まで0.5〜2%の間で変化していた値が、地震が始まると、0.5%で変化無く推移した。しかしその後の7月2日、8日、16日、18日、8月26日、9月1日の地震のときにはCO2 濃度、断層ガスに特徴的な変化が見られない。この地震データは、ホームページの注意書きにあるように、微小地震観測システムで自動的に決められたものなので、人工的なものを含んでいたり、マグニチュードが正確に表されなかったりする場合があるとのことだった。そこで次に、より詳しく地震と断層ガスとの関係を検証するため、京都大学防災研究所附属地震予知研究センター上宝観測所にお願いして、地震データを入手し、検証を行う。

D-A地震回数との相関
 京都大学防災研究所附属地震予知研究センターの飛騨地方の地震速報をもとに断層ガスとの相関を見てきたが、地震データが少ないことから、はっきりした結論を得られるまでには至らなかった。そこで、地震のより詳細なデータで検証する。京都大学防災研究所附属地震予知研究センター上宝観測所から項いた、河合、宮川村周辺での地震データをもとに検証を行う。検証に用いる地震データのエリアを、天生を中心として、南北約40km(39.8km)、東西約33km(32.9km)の方形枠に定め、観測期間中に発生した地震との相関を調べる。京都大学防災研究所附属地震予知研究センターで観測した4月28日から9月8日までの微小地震回数と断層ガスとの相関を下図に示す。エリア内で最も地震回数が多かったのは、5月28日の13回である。これは、天生観測点のすぐ北側で発生した群発地震のもので、前日の27日に7回、29日と30日に8回づっ、31日に6回発生し、その後も1日数回の地震が続いた。このときの断層ガスの変化は、先に述べたようにCO2濃度は急激に減少し、H2濃度は0.5%で安定する傾向が見られた。このことから、天生観測点での断層ガスの特徴的な変化は、このすぐ近傍で発生した群発地震に関連がありそうである。次に、地震エネルギーの面から検証を行う。

D−B地震エネルギーとの関係
 天生観測点における断層ガス変化と、近傍で発生した群発地震との関係を見てきた。ここでは、さらに地震エネルギーについて検証を行う。地震のエネルギーとマグニチュードとの間には以下のような関係がある。
           E=10^(4.8+1.5M)
 ここで、Eは地震のエネルギー(J)、Mはマグニチュード、∧は乗数を示す。これを用い、エリア内の日ごとの地震エネルギー量を計算し、断層ガスとの相関を見る。日ごとの地震エネルギーを計算したところ、地震エネルギー量が最も大きかった日は地震回数の最も多かった5月28日ではなく、前日の5月27日で、エネルギー量は、2.25×107Jであった。この日は、先ほどから述べているように、5月14日頃から天生観測点でCO2 濃度が急激に減少してから、およそ2週間後のことになる。また、5月18日にはH2濃度が観測期間の最高値である2%を記録し、群発地震の間0.5%で安定した期間に相当する。今回の観測期間で目立った地震活動はこれ1回だけであり、この1回の結果からすべを結論づけることはできないが、跡津川断層付近での地震活動と断層ガスとの間には、何らかの関係があると考えてよい。

5、まとめ
 跡津川断層上の、河合村天生と宮川村野首でCO2、H2 断層ガスの連続観測を行った。その結果、両観測点とも、ガスの濃度変化はほぼ似たような結果となった。CO2 に関しては、春から夏にかけ上昇し、8月に最高になることが分かった。最高値は天生での4000ppmだった。H2 は不規則な変化を示すが、最高で大気中の約4万倍の2%という値を示した。断層ガスの変化を、気温、水温、気圧、降水量などの気象要素と比較したところ、断層ガスはこれら気象要素の影響を受けないことが分かった。そこで地震活動の影響を調べたところ、天生観測点近くで発生した群発地震の際に、地震が始まる約2週間前にCO2濃度が激減し、群発地震の約1週間前にH2濃度の最高値を記録していることが判明した。この1回だけの結果から、地震活動と断層ガス変化を結論づけることは難しいが、何らかの関係がありそうである。今後、観測データを増やしていきたい。

6、今後の課題
 今回、跡津川断層をフィールドとして断層ガスの研究を行った。その結果、地震活動と関係のありそうなデータを得ることができた。しかし、それは今回1回限りの結果であった.ので、今後観測を継続するとともに、新たな観測点を設けて多くのデータを集め検証する必要がある。また、断層ガスの起源についても、たとえばCO2については生物起源の可能性が高い結果となったが、今後断層以外の場所での土壌ガスとの比較などを行い、同じような季節変化があるのかどうか調べることにより検証していきたい。

(岐阜県児童生徒科学作品展「科学の芽」より)

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